「ねぇ、なまえ」
「なに?」
高専で働き始めて、慣れない業務を慌ただしくこなしている私の前で、
この男はヘラヘラと笑って言ってのけたのだ。
「僕、なまえのこと好きみたいなんだよね」
「・・・・・・・・・・・・・・・は?」
ただでさえパンクしそうな頭を何とか整理して、言われたことを反芻する。
悟が、私を、好き。
「えーと、ありがとう?」
正しい回答が分からず、つい疑問形で返してしまった。
すると悟は、ちがーう、とオーバーアクションで否定してきた。
「絶対勘違いしてるでしょ?ライクじゃないよ。僕が言ってるのはラブの方。分かる?ラ・ブ!」
眩暈がしそうだ。
赴任したばかりで、やること、考えることが膨大にある中、この男は何を言っているんだろう。
ただでさえ、この男の態度や口調が3年前と違いすぎて、いまだに慣れないのだ。
こいつは五条悟か?と今でも思う。
それにしても、悟が恋愛対象として私を好きだって?
いやいや、どこにそんな要素があった?
出会いから今までを思い出しても見当もつかない。
何かの罰ゲームか?嫌がらせか?
おそらく考えていたことが表情にはっきりと出ていたのだろう。
目の前の男は楽しそうに笑っている。
「信じられるわけないって顔してるねぇ」
「当たり前でしょ。どう考えても可笑しな話よ」
「ひどいな。至って真剣なのに」
「いやだから信憑性がなさすぎるんだって」
「じゃあどうしたら信じてくれる?」
そう言われて言葉に詰まる。
この男の、この手の話を信用しろという方が無理な話だ。
頭を悩ませていると、じゃあさ、といつの間にか私の後ろに立っていた悟が、デスクに手を付き、私はデスクと悟に挟まれる格好となっていた。
「今すぐにでも、キスして押し倒してセックスしたいくらい、って言ったら信じてくれる?」
「ただセフレが欲しいだけなのかなって思うからやめときな」
「だよねー」
ジト目で言うと、両手を挙げて私から離れた。
こういうとこだよ、こういうとこ。
呆れて思わず息を吐いた。
それを見て悟は相変わらずヘラリと笑っている。
「まぁでも、言ったことはあながち間違いでもないけどね」
「やめてマジで」
とんだセクハラ発言だ。
「ま、こうなるだろうなってのは最初から分かってたし」
「分かってたんかい」
「なまえが一筋縄じゃいかない相手だってのも知ってるし」
言いながら、悟は再びデスクと自分の間に私を閉じ込め、目隠しを取った。
その蒼い目を見ると、吸い込まれそうな感覚に陥る。
相変わらず綺麗な目だな、と逸らせずにいると、ふと左の頬に柔らかいものが当たってハッとした。
「隙だらけだったよ、なまえ」
当たったそれが、悟の唇だと分かったときには、既に悟は職員室を出ようとしていた。
「絶対、なまえは僕のことを好きになるよ」
そう言うと、仕事頑張ってねー、と間の抜けたセリフを言い残して去っていった。
「・・・どんだけ自信満々なのよ」
目の前にある書類の他に、悩みの種が増えたことを実感して、
私はただただ痛む頭を抱えたのだった。